不在で際立つ存在ー「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」
散歩していて何かの建物やお店がなくなったとき、「あれ、ここ何があったんだっけ……?」と、思うことがある。
見ているようで見ていないことを実感するのだけれども、なくなることでその存在が際立つなんて、なんとも不思議な現象に思える。しかも、普段意識していないものほど、その不在がより意識される。
もう終わってしまったけれど、三菱一号館美術館で行われていた「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」では、“不在”をさまざまな切り口で探っていった。
特に意表をつかれたのが、ソフィ・カルの《あなたには何が見えますか Que voyez-vous?》。
ボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館から盗まれた作品のうち、額縁だけが残されていた状況をアート作品に転じたもの。美術館の学芸員や警備員、来館者に、額縁の中に「何が見えるのか」と問いかけ、彼・彼女らが語った言葉が、額縁で枠取られた空っぽの空間を見つめている後ろ姿とともに展示されている。
空っぽの空間を前に、「何か」を見出そうとする人々。その行為によって、むしろ「何かがある」ことを強く感じさせられた。それと同時に、この状況をアート作品として提示する発想の斬新さにも唸らされた。
不在という違和感が生まれることで、初めてそこに「あったもの」の存在を意識し、むしろ「みる」ことを促される。「ある」ことよりも「ない」ことのほうが、鮮烈さを伴い、人の心を強く動かすのかな。